「弁護士業務にまつわる税法の落とし穴」読了
先日,全国倒産ネットの講演で,桶谷和人さん(同期・兼公認会計士)のレジュメに,第3章「粉飾決算はこうして見破れ」を読めとあるので購入した。
当然,当該章のみを読むつもりだったのだが,他の章も読んで,読みやすさ・面白さで一挙に通読してしまった。
第1章・所得税,第2章・譲渡所得税,第4章・相続事件,第5章・破産管財と税務等々,
弁護士を12年しているが,自分の実務に,ぽっかり空白地があることを思い知らされた次第。
(もちろん,各事件において必要な税務上の処理・検討もしてきましたが)
以下,特に面白かったところより。
「最近,最高裁も納税者を勝訴させる。そのようにお考えの方もいると思いますが,最高裁が納税者を勝たせる事件には顕著な特徴があります。つまり,二度と発生しない事件に限って納税者を勝訴させているのです。貸倒引当金が問題になった日本勧業銀行事件,増資が問題になった旺文社事件,非居住者か否かが問われた武富士贈与税事件。全て,税法改正等のため,二度と発生しない事件ばかりです。
もし,二度三度と発生する事件,つまり,一般的な事件で納税者を勝訴させたら,税務行政を変更してしまうことになります。そのような怖いことは,最高裁も,おいそれとは宣言できません。しかし,二度と発生しない事件で,それが高額な事件であって,社会の注目を集める事件であれば,最高裁にとっては,まさに,裁判制度をアピールするために利用できます。
私達,一般の弁護士のところに持ち込まれる事件は,その事件が特殊に思えたとしても,税法理論一般からすれば,それこそ一般的な事件です。そのような事件では納税者は勝てません。
ということで,税法というのは税務訴訟のための知恵ではなくて,民事訴訟のための知恵だと思っています。」
(関根稔〔弁護士・公認会計士・税理士〕・弁護士業務にまつわる税法の落とし穴)
紛争寸鉄
・ 裁判は長い時間がかかるのだろうか。我々の交渉・紛争に対するストレス耐性が弱いことの言い換え,という側面はないか。
・ 相手方の言い分のとおりにしたい,と「相談」に来る人が少なくない。相手方の言い分のとおりことを納めて紛争・交渉という状況から離れたいし,そのように離れたことも弁護士のお墨付きであって,あとでもっとこうすればよかったのでは,という後悔も避けたいのであろう。
・ 意外な判決がある。そんな法律構成ないだろう,勝てるはずがない,と思っていて,事実,一審・二審と負けが続くが,最高裁で突然,勝ったりする。世の法律家は,意外に思ったり,最初から分かっていたような顔をする。が,しばらくすると,皆当たり前のような認識になり,その法理を前提として実務は進む。
・ 交渉・訴訟というのは,やはり,やってみないと分からないところがある。当方・相手方・関係者の思惑,情報量,健康状態,資金状況,ストレス耐性,社会情勢,判例の動向その他,裁判官も同じ。目の前の裁判官が絶対と思ってはならないことに多言を要すまい。
・ そもそも,弁護士も分かったような顔をしているが,意外に,判例も主たる実務も存しない,日常的な紛争はある。
・ が,相談者は,相手方の言い分のとおりにしたい,と言う。じっくり話しを聞いて,当方で可能な言い分を示し,その場では納得した様子で委任契約書を締結する。が,私も直ちに受任通知を送ることはしない。翌日,やっぱり委任したくないという電話がかかってくるだろうから。彼は,相手ともぶつかりたくないし,後悔して過去の自分とぶつかるのも嫌だし,相談を聞いた弁護士が進める委任契約を面前で断って弁護士とぶつかるのも嫌なのだ。そうなのか。
・ このように書くと,なんだか彼が,自分の権利実現に熱心ではないようだが,実は,そういうことではない。彼にも彼の生活・生活態度があり,果たして弁護士が言う,自己の権利主張を基調にする交渉・訴訟は彼のためになるものなのか。本当にそうなのだろうか。そう彼が思えなかったことは事実ではなかろうか。
・ 弁護士こそ,可能な限りの法律構成をして権利主張をすることで,後日の後悔から免責され,言い分を尽くすことで,結果がダメでも裁判所のせいにすることでストレスから逃げているのではないか。ストレスを抱え込んで,でも相手の言い分を丸呑みにして,なお生活を続けることにした彼の心情・状況をなお考えよ。
フジロック往訪のことなど
先週末は,家族7名でフジロックに行ってきました。
バシッとしたロックバンドの迫力,そして観衆の熱狂との一体性に,まさに酔いしれました。
金曜日,7時間!かけて運転した後,夜に夫婦で見た(ひどく歩いた)フーファイターズ,
翌日,妻・子供ら岳父母らは夕方には去ったが,一人で見たミューズ,
私も大いに叫んだ。
備忘。
雨が降らなかったため,用意していたトレッキングシューズ で十分であり,蒸し暑い思いをしなくてすんで良かった。
楽曲・バンドは,せっかくだから,もう少し勉強してから行った方が楽しめただろう。
今度がいつか分からないけれど,そうしよう。
それしても思い返すのが,宿泊した旅館(越後湯沢)側の鰻屋。
ここは深夜までやっていて,焼き鳥,鴨その他私が好きそうな肴が揃っていて(私は気仙沼市外では,魚はまず食べない。),もちろん新潟のことであるから日本酒も美味しく,
こんな居酒屋が家の側にあったら大変なことになることだった。
ダイエットも停滞気味なので,ホッとした次第。
越後湯沢駅の物産も,充実していて良かった。
先週末の備忘
7/10(金)
相談・打合せ7件,現場視察1件,接見1件の過密スケジュールにめげず,
仕事後,夫婦で「マッドマックス 怒りのデスロード」@石巻ワーナー
21:45-23:55
胸打たれて帰宅したのは深夜1:30
7/11(土)
10:00から打合せだが,その直前,依頼者3組!が書類などお願いしていたものを持ってこられる。
受取って,その場で見て少しお話し。
我が事務所は,飛び込みでも時間があれば相談を受けるし,いわんや受任している依頼者がアポなしでやってくるなんて日常茶飯事。
で,私も,持ってこられたらなるべくその場で見た方がいいと,経験的に思っている。
打合せが終わった後は,
家族でラーメン屋,
長女をバレーへ送迎,その合間に日弁連研修視聴,
長女が帰ってきたら,松岩公民館で子供らの「ドッチビー」の練習に参加(自分でも活躍したと思う。),
長男と五目並べ。
夜は久々に,一人で飲みに行ってみた。
この週末,摂食すれば次の段階に行けるとは分かっているのだが,,,
帰宅したら,妻が,剣道の練習を終えた子供らと共に帰ってきたので,今度は一緒に飲む。
7/12(日)
午前中は,休日相談会。
久々に受任が続く。
昼過ぎには終えて,夫婦で買い物。
帰ってきたら,ソバと総菜で少し飲む。
昼寝。
夕方起きるも,疲れているのか,夕飯での飲みはほんと少々。
長男と五目並べをするのも,ほとんど寝そべって過ごす。
が,昼寝のため,夜は寝付けず困る。
で,7/13(月)。
8:00からお客さんが入っているので,ともかくやって来る。
気楽な日々
この投稿まで,今朝の流れ。
4:10 起床
4:30 自転車で岩井崎へ
5:30 帰宅,長男が起きてて,録画していた「ジョジョの奇妙な冒険・第三部(最終回)」を見ようとしていたところ。ちょっと巻き戻してもらって,一緒に見る。着替え。
6:00 長男に誘われて,近くの空き地でドッチビーの練習
6:30 朝食。岳父が剣道仲間からもらった鰹を,酢飯に載せた即席丼。
7:00 事務所へ出発。
まぁ,なんと気楽な生活をしていることよ。
体重も,2月のダイエット開始から11キロ減に至った。
でも折り返し地点,標準体重までは,更にもう11キロ減らさなければならない。
ともあれ,今週末の某会合で,1年ぶりに会う皆さんからは,痩せたと言ってもらえるだろう。
相当腹筋運動をしているので,ましな体型になりつつあるのだ。
最近ようやく
法律相談において,
その言葉の表現はともあれ,
・ 彼(彼女)が,本当は何を言いたいのか
・ それを,どうしてそのように表現するのか,そのギャップは何か
・ 彼(彼女)は事態をどう捉えており,それについて本当はどう思っているのか
が,少しずつ分かってきたように思う。
思うって,弁護士12年目で,恐らく,同程度の経験年数の人より遙かに多い法律相談に接してきて,ようやく,だけれど,,,
(しかも,この種の,自身の成長譚は,数年に一度,気づいたようなことを言っているから,あてにならないが,,,)
私が・イソ弁を・雇った理由
一関から気仙沼に帰る道中,室根を通る度に,悔恨の気持ちがこみ上げてくる。
この町も舞台になった,私が原告代理人を務めた,
仙台地方裁判所平成19年(行ウ)第11号年金不支給処分取消等請求事件・平成21年2月9日判決(判例秘書搭載。判決直後は最高裁サイトにも掲載されていた。)の棄却判決,続く控訴審(棄却),上告(不受理)を未だに思い出すからだ。
(不思議と,行き道では思い当たらない。)
この訴訟は,私が平成19年4月に気仙沼ひまわり基金法律事務所を開業した直後に受任した。
当時,まだ弁護士登録4年目(終結時は7年目)だったが,訴訟全体として,その当時持っている力(原告からの聴取,関係者からの聴取,資料収集,裁判例の収集・分析,原告支援者の取りまとめ等々)を出しきったものだったと思う。
そう,「全体として」は。
事実の調査・把握も,法律論も,それらの現代社会における位置づけの主張も,全体としては十分出し切ったと思う。
弁護士登録12年目となった今では,少し思うところもあるが,それでも水準を超えた代理人活動だったと自負している。
が,(一審裁判長は,冷ややかなものだったが,それはそうとして,)上記準備を,一審で全て準備してぶつけることができなかったことが,私の悔やみの由来である。
ああもすればよかった,こうしたらどうだったろうと,室根の町を走りながら,思い苛まれている。
私は平素,「仕事量について,今の1.5倍までは余裕,2倍までは十分にこなせる」と公言しているけれど,それはやはり全体としてのことであって,
上記準備のことを悔やみ,当地において,いつ,どのような難事件が来ても,依頼者において存分に闘う状況を準備したいと考え,
一人でも事件自体は回せるつもりだが,平成23年1月よりイソ弁を雇用するに至った次第である。
彼らとの議論,仕事分担によって,成果が出た事案もあるので,また紹介したい。