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三陸ラビリンス気仙沼(弁護士東忠宏)

気仙沼の弁護士東が,弁護士活動において考えたことなどを書いています。毎週日曜日に更新記事をアップするのを、目標とします。

代理人性と当事者性のはざま

ある弁護士さんが,「最近の若手弁護士は,すぐ『依頼者がこう言っている』と言う。弁護士の存在意義をどのように考えているのか。」などと愚痴とも怒りともつかぬ投稿をされていた。

 

以前にも書いたかも知れないが,私は,この種の若手弁護士発言は,そういう趣旨(弁護士の存在意義を忘れて,依頼者の言い分をただ出しているだけ)ではないと思う。

 

私に言わせれば,彼らは,自分が間違う・間違いと評価されるのが怖いのだ。

 

代理人たるもの,主張が相当に依頼者ベースだったとしても,それは法的裏付けがある代理人としての見解でもある,と堂々主張すべきだ。

そうなれるように検討しなければならない。

それを,裁判所・相手方代理人がお分かりのように,私もこの依頼者の言い分はおかしいとは分かっているのですが,仕事でやむなく依頼者の言い分を述べなければならないんです,はい,私は不正解だと分かっています,私は法律のことは分かっていてバカではないんです,なんてどういうことか。

立ち位置がおかしい。

そういう馬鹿にされることも含めての,主張の設定なり,費用の収受ではないか。

 

この辺りを突き詰めると,結局,自信がないのだな。

関係者からどう思われようが,自分はしっかりした仕事をしているから平気だ,という経験を積まないと上記のような感じになってしまうかも知れない。自戒を込めて。

 

でも,法廷で,自分(代理人自身)が馬鹿にされないように,依頼者じゃなくて自分を守るのはかっこわるいぞ。

 

そういう点で,私は,負け裁判を堂々受けて依頼者側の論理を自己の論理として,堂々貫き通す弁護士は好きだ。

もちろん,それをしつつ,最後は現実的な調整でまとめて撤退するのなら,申し分ない。

(が,私は近時,何でもまとめればいいとは思っていない。司法の判断は司法の判断として,一民間の組織・個人であっても,自分の見解を言い続けることがもっと認められてもでいいのでは,と思っている。)