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三陸ラビリンス気仙沼(弁護士東忠宏)

気仙沼の弁護士東が,弁護士活動において考えたことなどを書いています。毎週日曜日に更新記事をアップするのを、目標とします。

6年前のこと,避難先へのお礼

6年前の東日本大震災発生時,私は出張先の石巻市にいた。

たまにしか行かないものだから,自車と海の位置関係など分からず,結果,水没した車を捨てて避難するハメになった。

膝下までの水が流れる道路を歩いていたら,「こっちへ逃げろ!」と近隣のビルからの声。

おかげで,その会社の従業員さんらや他の避難者ともども,そのビルで一晩を過ごすことができた。

翌朝,同社の上役と思わしき方が,水が引いた道路を自転車でやって来て,持参された焼酎など少し飲んだ。

(災害時は,お酒やつまみが,すぐ食べられて,栄養価もあるし,便利なのです!)

この会社は,石巻のIT企業「株式会社ムーブ」という。

感謝の気持ちを込めて,記載しておく次第。

(いろいろ復旧で忙しくて,震災からほぼ1年後に,ようやくお礼に行くことができた。)

www.moveworld.co.jp

 

 

休日のことなど

これを書いている日は日曜日だが,我が家に,子どもの剣道の関係で,子供らやその保護者,また指導者の方々など軽く20名超が来られている。

女房は,昨日からおもてなしの準備とて,シフォンケーキを5つ!も焼いたり,プリンを作ったり。

まあ,私は,所在もないので,久々に夕方から寝込んでしまい(鹿島茂レ・ミゼラブル106景」のおもしろさ!),サウナ(今年に入ってから週一で行っている)に行ってから,これを書いている。

皆さんが帰るころ,まあ戻ろうか。

 

私のおかしなこだわりの一つが,「飲食店・美容院などがくれるスタンプカード類を持たない・会員カードを作らない」である。

小銭入れしか持っていないので,その手のものを管理しにくいというのもあるのだが,

まあ平素行くお店なら,毎回,正規?の代金を払ってやれ・渡してやろう,というおかしな気持ちがある。

そんなものを作らなくても,そう浮気はしないので心配するな,という気かも知れぬ。

ただ,これが最初に買う回数券方式なら,買っておこうかとなるから我ながら不思議だ。

地方住まいの弁護士とその減量について

わーい,昨日,ついに体重72キロ台に達した!

(正確には「72.5」。私=身長181㎝の標準体重は72.03キロ)

 

足かけ2年に及んだ約22キロ減について,振り返る次第。

【経過】※②以下は,いずれも月末時点
(最初の減量期)当初4か月くらい
 ①H27年2月7日 93.8kgでスタート。
→②3月 89kgとなり,久々に90kgを割る。
→③6月 82kgとなり,ここまで月3kg減ペースであった。
(停滞期)続く4か月くらい
→④8月 86kgとなる。飲酒し続けの夏であった。
→⑤12末 86kgで年を終える。振り返ると,前半に減量したものの,7月以降は鳴かず飛ばずであった。
(増加期)続く半年くらい
→⑥H28年6月 89kgに至る。
(再挑戦期)最後の7か月
→⑦7月 88kg この月からダイエットが再始動(なんとなく)
→⑧11末 77kg 月に5日しか飲酒せず
→⑨12末 76kg 
→⑩H29年1月1月 73kg 目標達成まであと一歩
→2月4日,72.5!
 こう振り返りますと,2年のうち減量していたのは1年だけですね,,,

【ポイント】
私なりのダイエット法などを列記します。
ただ,これらは結果として近時,このように整理されたということでして,試行錯誤が積み重なったものです。

 

1 炭水化物をなるべく摂らない。
2 毎朝の体重・体脂肪率,また昨日に飲酒したかどうかを記録する。
 →これにより,あるべき食生活,ことに飲んだらどれくらい太るとか,それを戻すのにどれくらい期間を要するかとかが自然と分かってくるので,心がけが変わってくる。
3 2の結果,自然,予め飲酒する日を予定して,それめがけて痩せる・その後に戻すための期間まで考えておくようになる。
4 ともかく2日以上連続して飲酒しないようにする(私の場合,飲酒すると1キロ~1.5キロは太る。)。
5 夕食時に,以前のダイエットではノンアルコールビールを飲んでいたが,炭酸水(私は,ゲロルシュタイナーが好き)を摂るようにした。
6 体重が減り始めたら,一気呵成で減らすようにする。減っているから大丈夫だ・このようにいつでも減らせると気を抜いたりしない。
7 結局,1キロ減っては飲んでまた戻り,また2,3日かけて減った体重に戻し,また太りの繰り返し。この飲酒で戻った体重は,わりに簡単に減るので,がっかりしないこと。
8 平日は,朝食はなし,昼は鶏胸肉のハム,夕食をいかに減らすかが勝負。
9 1キロ減らしてまた太り,また減らし,徐々に徐々にの繰り返し。三歩進んで二歩戻る。
10 まさに「生活習慣病」というネーミングは言い得て妙。今までとんでもない生活をしていたことがよく分かりました。

その他,土日は朝昼を抜くチャンスとか,水泳に行くこと他毎朝の運動とかもあるのですが,くだくだしいので略します。

 

私は震災前,やはりダイエットをして77キロくらいまでにしたことがあったのですが,震災後のストレスと食生活で元の木阿弥となりました。

それから雌伏5年余を経て,ようやく「復興」に至ったように思いますw

鹿島茂,自宅ハロウィンパーティー,一夏中のキャンプ

1 Twitter鹿島茂さん祭りがあったのね。

偶然とは恐ろしいもので,ふと鹿島茂にアカウントがあるのかと探してフォローした翌日,個人アカウントも開設されたとのことでフォローいただき狂喜した。

そしたら,そこから連日,ファンの皆さんをフォローされ続けるフットワーク。

いやはや,来年も展覧会をされるとのことなので,必ず行こう。

 

2 祝日とて,少し遅れたハロウィンパーティーが我が家で開かれる。

子どもだけで10人超も来るとのことなので,おとうさん(私)は朝から出て行く。

毎年,だいたい10月くらいから翌年の2月くらいまで,土日祝は何やかやとスケジュールが入って休めることがないのだけれど,今年は少しマシな気がする。

今日も完全に休みなのに,することもなく,現場を2箇所まわって,

前から気になっていた千厩の蕎麦屋「狸楽」に行ってみる。

多分,この辺り一帯では相当美味しい方だと思う。

でも,私は好きなものを何度でもしつこく食べ続けたいので,このように行きにくい場所にあるお店は,ちょっと好きになりにくい。

その足で藤沢町のプールへ。1キロ少し泳ぐ。

震災から6年,あれほど気仙沼でのプール再開を待ち望んでいたのに,いざ出来てみると,広くて空いている藤沢に往復2時間弱かけて通うのだから,何と皮肉なもの。

 

3 私の妄想。

1シーズン,唐桑の御崎野営場か,神割崎キャンプ場に我が家のテントを張りっぱなしにして,

休日とか,また平日少し早く帰ってテントに行く,という一夏を過ごしたら,楽しいだろうなーと思う。

①キャンプ道具一式を倉庫から車に運ぶ→②キャンプ場で,一式を車から降ろす→③設営する→④片付けて収納する・車に入れる→⑤帰宅して車から倉庫に運ぶ

これらの一つ一つは,そんなに面倒とは思わないようにしているけれど,やはり1泊のために,これをやるのは,やはり負担感が否定できぬ(だからなるべく2泊くらいはしたい)

「キャンプはスポーツ」なので,私の体力ではせいぜい3泊が限度だけれど,それにキャンプばかりでは飲み過ぎて良くないけれど,

一夏くらい,キャンプと自宅を行ったり来たりの生活ができたら,どんなに楽しかろう・子どもたちにもおかしな思い出として残るだろう。

 

さらにFBより2件

「過去のこの日」機能で表示されたものですが,結構気に入っているので。

 

①e-ラーニング「セクシュアルハラスメント─加害者と被害者の「経験則」の違い」受講中途。

講師は,
組織の上下関係における恋愛は,それは下位者からの迎合的側面があり(上位者から見れば,下位者の自発的合意に見える。),対等な関係ではなく,継続中もキャリア妨害を誘発し,かつ破綻時にも組織内の悪影響を与える,
という。
性的被害を性的被害と思いたくない心理や,セクハラの99%がグレーゾーンであり,評価的なものであることについて。

講師は,はっきり「被処分者側の代理人が,恋愛だからセクハラではない,何てとんでもない主張をして,かえって処分を重くしている。」と嘲笑気味に言う。

恐らく上記を聞いた人は,
「我々が目にしている,(元)上司・部下夫婦,(元)教師・教え子夫婦は,幸せそうにしているではないか。あれもセクハラなのか!?」との疑問を持つだろう。

私も考えてみた。

1 「セクハラ」というのは,被害者救済のための説明概念である。
また,セクハラは継続的・長期的な関係性の不適切性を問うものである。
すなわち,非対等な関係性において出発し,(そして現に非対等だとしても)一方が被害救済を主張しないのだから(むしろ夫婦として幸せに過ごしていると認識しているのだから),セクハラ問題の対象外であり,セクハラかどうか何て議論自体無意味である。
その関係性を,第三者がセクハラだとか客観的に決めるのではない(なお「寝た子を起こすな」と言っているのではない。)

2 セクハラは,講師も言うように,継続的関係を評価して認定するものである。
それは,人間関係での摩擦・不利益を,回復するための概念である。
よって,人間関係で利益を得て幸せになっている以上,セクハラ問題の対象外であり,やはりセクハラかどうか何て議論自体する必要がない。
(もちろん,婚姻が破綻した後,当初の交際から婚姻までを全て,非対等で支配されていた,と主張することも全然問題がない。)

というあたりかと思った。

セクハラ論と上記非守備範囲との関係には(セクハラからの保護を主張するのならば,そして,セクハラを講師のように理解するならば,およそ組織内の恋愛の全禁止を主張しても,全然おかしくはない。),
現実論・私的領域論もそうだが,
男女が双方で社会資源を競争的に奪い合っている,社会の変革には力が必要である,という戦略的発想もあるのでは,と思った。

 

②「私は司法権の独立なんてそもそも信じていません。」

佐藤優国家の罠」より)

これは,国策捜査案件だろうが,およそ裁判官の独立を当然の前提としている弁護士に対する,佐藤優の発言である(東京拘置所における接見時)。
この本は平成17年発行だから,当時3年目の弁護士であった私は,行政官僚である佐藤優が,このような認識であることに驚いた。

さて,唐突だが,暴力団と無罪判決について,である。

この種の判決が出る度,ヤフコメなどを見るが,判決を是々非々するばかりで,せいぜい裁判官の能力を揶揄するばかりで,
およそ,
裁判官が暴力団のトラップとかに引っかかって無罪を書かざるを得なくなった,
親族への危険をちらつかせた脅迫に遭ったのでは,
みたいな陰謀論を述べている人が全くいない。

この点で裁判所への信頼は,すごい。
ともかく社会から隔絶して判断を下すもの,と受け止められているのだから。
砂川事件の報道を経てもなお。
私など,そんなに誰しもが裁判所の体制を信頼していていいものかと思う。

私は,それなりの数の裁判官の回顧録を読んでいるが,登場してくる暴力団は,何やら人情派で子分の更生に云々ばかりで,暴力団からの直接的な攻勢なんて見たことがない。
それがかえって,気にかかる。

彼らとして,自分の実刑回避のために,大事な資金や人を無尽に使う,ということはしないものなのだろうか。
(注・一般の方向け:現役の最大手代表につき,一審無罪→高裁逆転有罪・実刑最高裁有罪維持ということもありましたから,上記記述を真に受けないでください。)

 

加筆。ということは,彼らにとって,刑務所なんて大した負担だとも思っていないのではないだろうか。

過去のFBより2件

これは平成26年9月のもの。塩村あやか都議問題に触発されたのだろうか。

 

①「加害者は,周囲の状況や被害者の態度を見計らった上,『勝てる』(触れる等)と思った時にその隙を突いてわいせつ行為等をするのだから,対抗上,被害者も反撃・告発が奏功する,と思った任意の時に行ってよい。
すなわち,加害者の行為時に被害者が反撃しなければならない,というわけではない。加害者が被害者の『反撃タイム』を設定するのではない。」
横山ノック事件の曽野綾子主張に対する,私の考え)

②「①の,被害者の反撃・告発の時期選択にあたっては,物理的抵抗が奏功するか否か,ということが基準になるのではない。
たとえ加害者が75歳超の高齢男性であり,被害者が柔道の国内最高クラスの選手であっても,被害者はなお現場で対抗せず,加害者側が社会的に打撃を受けていて今なら告発が成功する,というタイミングを数年単位で待って反撃することもある。
すなわち,被害者の反撃の時期選択は,社会的な意味で反撃が奏功するか否かが重要である。」
全柔連理事わいせつ事件告発を受けて,考えを補足)

③「①,②は,加害者・被害者が対等な地位にないことを前提としたものだから,議員同士など対等の場合は妥当しないのかー否定。
ここでは,政治というのは専ら議場で行われているのか,そんな行儀のよい考え方で政治過程を捉えられるのか,という疑問が肯定論への反論となる。
政治家が,議場で反論してその場のやり取りで終えるのか,異なる方法で問題提起するのか,どのやり方が自己の政治的目的達成のために役立つのか,政敵により打撃を与えられるのかは,その政治家の政治的感性により行動することがある。」

 

 

これも,平成26年9月。

①「誰しもが,その20年程度の人生経験の中で,たまたま生じた出来事と,その希望する職種について,それらが整合するストーリーを述べなくてはならないなんて,おかしいのではないか。」

「じゃあ就職先が,紡績会社から化粧品会社に転換したり,新部門に送られたり,ライバル会社と合併したら,先のストーリーと,どのように整合性を取るのか。」

②「①のような冷笑的な態度が,個人の尊重を貶めるのである。」
「『人生(これまでの20年程度)における出来事と希望職種との整合性のストーリー』は,表面的に,そのストーリーの巧拙を論じたりするものではない。」
「その真意は,『自分も,ドラマ・小説同様,伏線が全て回収され,大団円を迎える人生を生きたいのだ。』と捉えるべきであり,まさに,彼は自分が主人公としての人生を送りたい,尊重されるストーリーを生きたい,と述べているのである。」

③「②は,個人の尊重を謳いながら,①よりひどい冷笑を浴びせているようにも受取れる。かえってよりヒドい。」

,,,その後は,だいたい考えているのですが,不適切かとも思い,ちょっとお待ちを。

我が起案法

先月から,中規模起案(10~20頁程度・対応する書証も10以上)が続いたので,備忘のためにも,現時点での起案術を書いておく。

 

1 なるべく資料を集める。

これは,私は結構うるさい。

書籍購入とか,国会図書館等からの謄写とかは多い方だろう。

外部専門家・団体も非常に重要。問い合わせの類は,なるべく早めに。

2 資料・判例を読んだ際,使えそうな箇所を,詳細な引用箇所の表記・使う意図と共に準備書面案(データ)に書き込んでおく。

依頼者からの話などで使うことも同様。

資料を読んだときに思いついたことが,後で分からなくなる・どこに利用価値があるのか分からなくなることが,残念ながらしばしばあり,また読み込む二度手間になってしまう。

3 あまり早期に,仕上げてしまおうと思わないこと。

私は,準備書面等の締切りを守れないことが年に1,2回あるかないか,という弁護士としては珍しいタイプである(その1,2回だって,敢えて戦略上することで,実際には提出できるのだ。)。

ただ,あまり早期に第1案が出来てしまうと,伸びしろが乏しいから注意する必要がある。

4 3と矛盾するが,取りかかると,思いもよらない問題点に気付いたり,集めた資料では分からない問題点が判明したりもする。

そう,伸び代の関係で,あまり早くに取りかかってもいけないし,あまり遅く取りかかって,資料集めとか関係者からの聴取り・協力要請のための時間が無い,というのもダメである(そうなると,まだ前者の方がマシなのか。)

5 2回くらいに分けて,第1案を書くこと。

起案で多いパターンは,10超の書証について,それらを読み込んで統合するとこうなりますよ,という準備書面である。

そうすると勢い,それら書証・他の主張・書証との対応関係を頭に入れた,短期間で仕上げてしまわないといけない。

が,これを一晩とかで仕上げる,,,と思うと辛くなるだろう。

起案は貨物電車の走行のようなもので,最初は進まなくても,勢いがつけばあっという間だということは重々承知しているのだが(私も13年やっているので),それでもいつも辛い気がする。

そこで,まぁ最初は,他の仕事とか事務所の雑務とかを片付け,見たいサイトを見たりして,起案せざるを得ないようにする。接見も済ましておくといいだろう。

(私のように家族持ちなら,子供らと遊ぶ・習い事とかの日程も睨んで,起案の時間を見定める必要がある。)

で,箇条書きでも良い,書証の要旨の報告が連なっているという感じでも良いと思いながら,だんだんと書いていく。

そう,どうも資料集めが充実すると,その成果を全て披露する大作主義でやりたくなり,それがしんどいと思ったりするのだが,いやいや,資料は十分なのだが筋だけで書くぞ,と取りかかってみると進むのだ。

一回で仕上げようと思わず,ある程度書いたら,必要な項目を先に書いてしまう,ということでもいいと思う。

一方で,やはり最初が大事だから(一度書くと,それでいいかとなってしまうこともあるから),しつこく考えることもする。

最初は5割を目標として,できればまとまりを書いて終わりとはせずに,次の部分の出だしも書いて終わり,としたい。

 

そこまでできれば後は自動で,次は,前回の中途案までを見直し・ブラッシュアップしつつ,さて続き,,,ということの連続で,何となく仕上がってしまう。

 

6 だが,弁護士一人の頭で仕上げてしまわないこと。

つい,事実関係を含めて都合の良い断定をしたり,よく分かっていない業界のことを簡単に整理してしまったりする。

弁護士が起案でまとめてしまうと,依頼者も,それをベースに考えてしまいがちである。

だから,5の起案は,8割程度の仕上げとし,それを依頼者に見せ,更なる聴取により仕上げることが肝要である。

そうすると,事実関係の詳細が付いて,さらに起案が良くなったり,あるいは経験則とかものの考え方が,話し合いの内に深まることもある。

分岐点があるような起案だと,これを早めにする必要がある。